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夏の職場。
冷房の効きが悪いフロアに、
ぽつんと立つ男がいた。
シャツの背中には、じんわりと汗。
片手には、センス。
ぱた、ぱた。
それでも暑さは引かない。
男は静かに手を回した。
目指すは、自分の背中──
そう、エアコンでは届かない“聖域”へ。
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そして始まる──毛繕い。
お猿のような動きで、
背中の奥から毛を探し出し、
ひとつ、またひとつと、引っこ抜いていく。
その動きに、迷いはない。
職場の20メートル先、
誰にも気づかれぬはずの場所で
繰り広げられる“個人的メンテナンス”。
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俺の目には、
なぜかスローモーションで映っていた。
その抜かれた毛が
ふわりと空中を舞う妄想とともに──
「毛って…空気抵抗あるよな…」
そう思ったら、もう終わりだった。
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「ここは、人間の職場だったよな?」
俺は静かに目を閉じ、現実逃避を始めた。
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